大阪高等裁判所 平成8年(う)1059号 判決 1997年2月14日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役六年及び罰金二〇〇万円に処する。
原審における未決勾留日数中二〇〇日を右懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
大阪地方検察庁で保管中の別紙目録記載1ないし19の薬物を没収する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人池本美郎作成の控訴趣意書(第二事実誤認の主張は撤回)に記載されているとおりであるから、これを引用する。
一 控訴趣意中、訴訟手続きの法令違反の主張について
論旨は、南警察署警察官は、白昼の繁華街で、多衆が注視する状況下において、同行していたAテレビのカメラマンに一部始終を撮影させながら被告人の身体に対する捜索差押許可状を執行したが、その執行方法には、身体検査の際における被検者の名誉保護の規定(刑訴法一三一条一項)の趣旨及び捜査関係者による被疑者の名誉保護の規定(同法一九六条)に違反した重大な違法があり、これによって収集された証拠に証拠能力を認めることができないから、右違法収集証拠の証拠能力を認めた原審の訴訟手続きには、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある、というのである。
しかしながら、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、原判決には所論のような訴訟手続きの法令違反はない。
所論にかんがみ、以下若干補足して説明する。
関係証拠によれば、捜査当局は、捜査の取材申込みをしたテレビ局関係者に対し、①捜査の妨害をしないこと、②被疑者の顔部分にモザイクをかけるなど、その人権に配慮すること、③捜査官の顔を撮影しないことを確約させた上、右テレビ局カメラマンらの同行を認めたこと、大阪府警察本部及び南警察署の警察官は、大阪市中央区西心斎橋二丁目五番九号前路上において、平成七年三月二三日午前一一時三五分ころから約六分間、被告人の身体に対する捜索差押許可状を執行し、被告人を現行犯逮捕した上、同日午前一一時四一分ころから約九分間、逮捕現場での捜索差押えを実施し、さらに、被告人を同行した上、同区難波一丁目三番一号南OSプラザ地下において、同日午後八時四五分から約九分間、コインロッカー一〇番に対する捜索差押許可状を執行したこと、その間、右テレビ局のカメラマンは、右確約の趣旨に従い、その状況をテレビカメラで撮影し、後にテレビ放映していることが認められる。
そして、捜査当局は、あらかじめ報道機関に右①ないし③の遵守事項を確約させているが、このことは、捜査妨害の防止及び人権保護に関する報道機関の自覚を促すための当然の措置に過ぎず、報道機関に対し、本件捜索差押え現場への同行を認めるという以上の便宜ないし関与を認めているものではなく、それ自体が令状の執行方法でないことは明らかであること、さらに、令状の執行状況の撮影にしても、捜査官が本件執行現場で報道機関を具体的に指揮監督したということはなく、報道機関が自由な取材活動の一環として独自に実施したものであり、令状の執行とテレビカメラ撮影とは別個独立して併存したに過ぎないから、その撮影及び事後の放映によって、被告人の名誉が仮に害されるようなことがあったとしても、これは、報道機関と被告人との関係での問題であり、令状の執行方法自体の適法性に何ら影響するものではないというべきであること、そして、本件撮影が事前に捜査当局の了解を得たものであっても、その撮影は、一般公道上における報道機関独自の取材活動と外形的には変わりがなく、しかも、被告人は、テレビカメラで撮影されるのを認識しながら、終始これに異議を唱えていないことなどの諸点に照らすと、捜査当局がテレビ局側に対して与えた同行許可の措置が適切妥当なものであったか否かはさておき、本件捜索差押えとしての執行それ自体が、右撮影により違法となるとはいえない。仮に、所論のように、右事前了解の点を含め、その執行方法の相当性に疑問があるとの考えを前提としたとしても、本件捜索差押手続きは、裁判官が適法に発付した捜索差押許可状に基づき行われているのであり、右撮影は、本件押収物の発見とは直接関係のないものである上、捜査官の側にこれを利用して捜索差押えを有利に展開しようとするなどの意図のなかったことが明らかであるから、本件捜索差押手続きにおける瑕疵の程度は、法の所期する令状主義の精神を没却するような重大なものとは認められず、さらに、将来におけるこの種捜査の抑制の見地からしても、本件押収物及びこれに基づく他の押収物等の証拠能力を否定するのが相当であるともいえない。
したがって、所論指摘の各証拠を採用の上、原判示各事実の認定に供した原審の訴訟手続きは正当である。論旨は理由がない。
二 控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は、被告人を懲役七年及び罰金二五〇万円に処した原判決の量刑が重すぎて不当である、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
本件は、密売目的での覚せい剤、麻薬、大麻、あへんの一括所持二回の事案であるが、原判決が「量刑の理由」の項で説示するところは、すべて正当として是認できる。
すなわち、本件各犯行の動機、目的、罪質、態様、殊に、被告人の所持していた違法薬物が多種多量であること、多額の密売利益を得ていたことが窺われることなどに照らすと、犯情は悪質で、被告人の刑事責任は重い。
そうすると、被告人に前科前歴は見当たらないこと、その他被告人の年齢、家庭の事情等所論指摘の諸点を含め、被告人のために酌むべき諸事情、殊に、過去の大量覚せい剤所持事犯の裁判例との刑の均衡を十分考慮しても、原判決の時点でみる限り、原判決の量刑は、やむを得なかったものであったと認められる。
しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、原判決後、被告人は、本件各犯行を認め、一〇〇万円を贖罪寄付し、今後は母国の家族のために真面目に働く旨誓うなど、反省悔悟の態度と更生への心構えを示すに至ったことなどが認められるので、これらの情状と原判決当時の前記諸事情とを総合し、現段階において、改めて原判決の量刑を検討すると、刑期及び罰金額の点において酷に過ぎると判断される。
よって、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、当裁判所において、更に次のとおり判決する。
原判決がその挙示する対応証拠(ただし、原判決の「証拠」の項に「証人B、Cの公判供述」とあるのを、「原審公判調書中の証人B、同Cの各供述部分」と、「捜索差押調書二通(一、三)」とあるのを、「捜索差押調書謄本二通(一、三)」と訂正する。)により認定した各事実に、同一の法条(科刑上一罪の処理、刑種の選択、併合罪の処理、未決勾留日数の算入、労役場留置、没収、訴訟費用の不負担を含む。ただし、原判決の「法令の適用」の項の二四行目に「刑法」とあるのを、「平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)」と訂正する。)を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官宮嶋英世 裁判官政清光博 裁判官遠藤和正)
別紙目録<省略>